ダンスアライブで呪われたチルドレンたちの行く末
こんにちは😊DANCE COMPANY みやか組の代表、みやかです。
ブログ、しばらくサボっててすみません(笑)ここ数ヶ月の間でも、たくさんの方にいつも見ていると声をかけていただき、とても嬉しい限りでございます。
…さぁ、重い腰を上げて。今日からシリーズ物コラムを書きますよー!(ヒィィ)
本日からはこちら、国内最高峰のダンスバトルの大会【DANCE ALIVE】についてのお話です。絶賛シーズン中ですね。
主に、DANCE ALIVE KIDS に対してのコラムです。
コラム??そう、イベントレポートではありません。
それは、この尖ったタイトルが物語っているでしょう(笑)
呪われたチルドレンとは誰のことなのか。そう、筆者がその1人なのは間違いありません。
今日のブログは、2010、2011、2014と国技館に立ち、そのうちベスト4に1回、準優勝に1回輝いた筆者のダンス人生を大変揺るがし、そして、現在も多くの優秀なキッズダンサー達の目標であり、夢であり、天国であり、地獄でもある…
そんなDANCE ALIVE KIDSとの出会いと別れ、そして付き合い方を、筆者なりにつらつらと書き綴る、大変面白い読み物となっております😂ジブンデイウナ
当時を知る熟練ダンスフアン、現在挑戦を続けているキッズダンサーのご家族などは、特に必読のブログでしょう。
それでは、スタート☆☆☆
皆さま、DANCE ALIVEをご存知だろうか?(以下、アライブと表記)
簡単に言うと、国内最高峰のダンスバトルの大会である。その規模感や歴史的価値を考えると、やはり日本一の大会と言える。昔は【DANCE@LIVE】という名前で開催されていて、筆者はその世代のダンサーだ。アライブといえば、@は外せないのである。
以下、アライブの歴史をざっとまとめた。大会概要をご存知ない方は、軽く目を通すと非常に参考になる。
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【歴史】
2005年:日本で「DANCE@LIVE(ダンスアライブ)」としてスタート。1on1形式の即興バトルを軸にした大会として注目を集める。
2005〜2016ごろ:全国各地で多数の予選を開催し、毎年の「FINAL(ジャパンファイナル)」で優勝者を決める形式が定着。出場者・観客ともに年々拡大。
2017年シーズン以降:大会ブランドを「DANCE ALIVE HERO’S」へリブランディング(主催側の想いとして“ヒーローを生み出す”という意図が語られる)。その後さらに名称・体制の更新を経て、近年は「DANCEALIVE / DANCE ALIVE」表記での運営になっている。
【大会概要】
・1on1バトル(即興):対面でDJがかける曲に合わせ、1ムーヴずつ即興でぶつかり合う。審査は複数のジャッジの投票で決定するシンプルで判定が明快なルール。基本決勝まで話し合いなしのハンズアップ。(予選はサークル。1次予選、2次予選、エクストララウンド、つまり3回勝利のちにトーナメント進出。)
・カテゴリ分け:基本的にHOUSE / HIPHOP / BREAKING / ALL STYLES(旧FREESTYLE)など。さらにKIDS(中学生以下)や大学対抗(RIZE)など幅広い層をカバー。 つい先日、POPPINGが正式カテゴリとして追加された。
・予選→地域決勝→全国FINAL:全国8地区などで予選を行い、年度末に大規模Final(両国国技館)でチャンピオンを決定する流れ。
【大会価値】
・国技館クラスの会場で開催されるその規模の大きさ。これに伴いメディア露出・スポンサー(企業タイアップ)も増加。
・複数カテゴリー合計で数百万円規模の賞金設定があるなど、大会ブランド力によりダンサーのキャリア形成やプロモーション機会に直結している。ダンサーからの注目度が非常に高い。
・大会の初期から現在まで、各部門で名だたるダンサーが優勝・ファイナリストになっている。
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もっともっと語ろうと思えば語れるが、いつまでも本題に進めないので割愛する。
筆者がアライブに初めて挑戦したのは、小学4年生のとき。(2009年9月28日)
そのころ、アライブがなんなのかは正直よく分かっていなかった。
通っていたダンススタジオの先生
「先輩たちがみんな出るダンスバトルの大会があるよ。みやかも出るなら、一緒に俺がエントリーしといてあげるよ」
「分かりました、よろしくお願いいたします🙏」
たったそれだけで、筆者はダンスアライブの世界へと足を踏み入れたのであった。
それまで、ダンスバトルなんてほとんど出たことはなかった。キッズの大会に数回出た経験があるってぐらいのものだ。コンテストの方が出た経験が多かった。
だから、大会で何を着たら良いかさえ分からなかった。先生に相談すると、スタジオの先輩の写真を参考として見せられて、華やかなドレス系の衣装はどうかと提案された。
大会の日が近くなった秋頃、筆者は両親と地元のイオンモールに行った。衣装を調達するためだ。(気軽にネットショッピングという時代ではない)
現在日本事業から撤退しているが、その当時【Claire’s(クレアーズ)】というアクセサリー・小物ショップが、イオンのおしゃれ界隈をブイブイ言わせてた。
店頭の「ハロウィンコスプレ」コーナー。そこで一際輝くドレスを発見する。
…色々ツッコミどころがあると思うが、少し待ってくれ。
筆者たちは、「ドレス系」というだけで、そのハロウィンの魔女衣装を購入し、大会に出場することを決めた。
もう一度言う。
アライブとは、国内最高峰のダンスバトル大会である。
当時その衣装を見せられた先生が大変反応に困ったのは言うまでもない。
え?その衣装が見たいって?
仕方がない、以下に記載する。(実際の当日写真)

(当時髪がすこぶる長かった筆者、動きが見えやすいようにと先生のアドバイスでお団子ヘアーに🍡)
大会当日、筆者はよく分からないままダンスアライブの会場へ。全国からたくさんの有名ダンサーが挑戦に来ている。
1次のサークル予選。筆者は、習いたてのワックダンスに謎のgirlsヒップホップの腰振り?みたいな踊りをした記憶がある。
審査員は、魔女のコスプレを着た無名の腰振り少女をどう思われたのかピックアップ。もっともっとダンスが上手い、同じスタジオの先輩たちの悔しそうな顔が忘れられない。
2次予選、当時はエクストララウンドみたいなものは存在せず。2次予選で2人しか抜けられない、抜けたら合格、みたいなルールだった。厳しい世界である。
一人選ばれ…
あぁ、ダメか。
そんな中、審査員が2人目を選ぶのにずいぶん手間取っていた。
「最後のひと枠を、2人のダンサーで迷っている。」
おっと。
まぁ、バトルにほとんど出たこともない、魔女コスプレ田舎っぺ無名キッズダンサーが選ばれるわけ、、、選ばれた。
もう1人は…
誰もが知っている天才キッズダンサー。
このブログでお相手の風評被害になると困るので名前は記載しないでおくが、マジで誰もが知っている有名ダンサーである。これを読むあなたも必ず知っている。
あまりにも格の違う者同士の戦いである。
リムルとゴブリンかよ。
(※もちろんお相手がリムル様ね)
しかし、筆者は昔からこういう時に限って肝が座っている。あと引きもかなり強い。
得意な曲を引き当てて、一回目の対戦はドロー。(そもそも延長なんだから、ジャッジ皆ドローはだめよ?!😂)
延長戦の再延長戦。
忘れもしない。この時の曲はFresh。
紛れもなく、筆者がその頃鬼リピしていたお気に入りソングだった。
結果は、、、、、
ジャッジ1人目、ドロー。
(なんでよ!笑)
ジャッジ2人目、ドロー。
(だからなんでよ!笑)
ジャッジ3人目、みやか。
みやか?!?!?!
そう、私に審査員の手が!手が!1本上がっていた。
筆者は、初挑戦のダンスアライブで強豪に勝利し、なんとトップ8入りを果たしたのであった。最終的にベスト4まで勝ち上がった。(ちなみに、その時のチャンピオンはロックのかりん。後に、筆者の2on2の相方となるスーパーダンサーである。)
当時のブログを読みたい方はコチラ⬇️
9月 | 2009 | 都華のダンス日記
読者の皆様、ここで、少し前のある会話を思い出してくれ。
《先輩たちがみんな出るダンスバトルの大会があるよ。みやかも出るなら、一緒に俺がエントリーしといてあげるよ》
《分かりました、よろしくお願いいたします🙏》
これは、アライブが何か分かっていなかった筆者に当時の先生が言った言葉だ。
この通り、先生は筆者の名前をきちんとエントリーしてくれていた。
そう、「みやか」って平仮名でね。
この日から筆者のダンサーネームは平仮名の「みやか」なのである。
初めて出た全国規模の大会で結果が出てしまったことにより、当時ネットだけでなく雑誌も発行していたDANCE@LIVE…
せっかく「みやか」と言う名前が各媒体に記載されたのに、変えるのは勿体ないだろう。
つまり筆者は、この先生がテキトーにエントリーした(他意なし笑)平仮名から、ダンサーネームを変更するタイミングを完全に逃したのである。全てはこの日が始まりである。もちろん感謝している(こちらも他意なし)し、今後も変えるつもりは無い。
ま、そんなことはええねん。
ダンスアライブは、トーナメントに入るとポイントが貰える。
キッズの場合は各地域で、そのポイントが高い上から4〜2人が両国国技館で行われるファイナルステージに進出できる。(当時は、東京と大阪が4枠、それ以外が2枠ずつだったような…)
ちなみに当時の大人部門、それぞれのジャンルのアライブは、全ての地域予選ごちゃ混ぜで、トップ8人しか選ばれないという鬼ルールだった。
つまり、予選を上がるために必要なのは、スキルや表現力、バトル力の他に、強いメンタルと経済力が必要だった。(かなり)
だからこそ、当時アライブに挑戦してた大人ダンサーは、自分のホームでない予選にも出場するために全国を駆け巡って、体力知力気力経済力が尽きるまで必死に戦っていたように思う。
ある意味、今の、優勝したら両国行き、というルールと違って泥臭さ、貪欲さ、アングラ感の出るルールであったと捉えられる。(どちらが良いという話ではない)
⬇️当時の基本ポイント配分⬇️
• 優勝:30,000 pt
• 準優勝:20,000 pt
• ベスト4:15,000 pt
• ベスト8:5,000 pt
(現在はベスト8は10000かな?他は変わらない。)
そして、忘れてはいけない【クライマックス】という存在。各地域、3回目の予選はポイント配分が高いのである。ま、そうだよね?
全部同じだったら、予選が進む事にどんどん諦める参加者が増えてしまう。一発逆転を狙う参加者を集うためのルールだ。カイジのようだ。本当に、カイジと同じくらいこのルールがマジでエグい。以下のようになっていた。(ペリカじゃないよ)
⬇️当時のKIDS CLIMAX(各地区3回目の予選)ポイント配分⬇️
• 優勝:50,000 pt
• 準優勝:30,000 pt
• ベスト4:15,000 pt
• ベスト8:10,000 pt
(現在とはベスト4とベスト8のポイントが異なる)
これが見た目以上にとんでもないルールなのだ。現在ダンスアライブに挑戦する渦中の人間は、このルールがいかに巧妙か分かっているだろう。
さらにもうひとつ。忘れてはならない、ファイナルに進出するためにポイント以外で結構大事な基礎ルールが存在する。
それは、、、【優勝ポイント】の存在である。
例えば、関西予選が以下のような状態だったとする。
Aさん👤《1回目の予選で優勝し、30000ポイントを保持。他の予選では負けてポイントなし》
Bさん👤《1回目、2回目の予選では負け。3回目のクライマックスで準優勝に輝き30000ポイントをゲット。》
この状態で、1位が70000ポイント、2位が50000ポイント、3位が35000ポイント
あとひと枠をAさんとBさんが競う、となると
Aさんが選ばれる。(ファイナル進出)
ポイントが同じ場合は、いかなる場合でも大会優勝者の方が強いのである。
では、以下の場合はどうなるだろうか。
Aさん👤《1回目の予選で準優勝し、20000ポイントをゲット。次の予選では負け。3回目の予選でベスト8に進出(10000)、合計30000ポイント保持。》
Bさん👤《1回目、2回目の予選では負け。3回目のクライマックスで準優勝に輝き30000ポイントをゲット。》
こうなると、3回目の予選終了後に、両国行きをかけた【プレーオフ】バトルがある。
これが、三つ巴、四つ巴になるときもある。
このルールが大変残酷なのだ。限定ジャンケンかよ。(カイジ好きすぎ?)
筆者も学校6年生のときはこのプレーオフにて両国行きを逃した。
まぁ、ながながとルールを説明したが、読者の皆様の疲れた顔が火を見るより明らかだ。
そろそろ本題に戻る。もう少しだけ付き合ってくれ。今後の話で、ルールを分かっていないと不備があるので説明させていただいた。
そう、筆者が関西予選で1度ベスト4に入ったぐらいでは(15000ポイント保持)両国行きなんて夢のまた夢なのである。
まぁ、そもそも両国なんて考えても無かった筆者達であったが、少しぐらい、その夢を見たくもなる。
そんな時に、当時の先生から言われる。
「前回、みやかが出た大会の関東最終予選があるよ。スタジオの皆出るよ。前回成績がよかったんだから、挑戦してみたら?みやかの踊りは、どちらかと言えば関東ウケをしそうだ。」
「分かりました🙏出ます!」
初のアライブ遠征である。
2010年2月の凍てつく東京で、コスプレ魔女田舎娘(まだそれ着てんの?)はまさかの大健闘する。
当時のブログはこちら
2月 | 2010 | 都華のダンス日記
⬆️お読みいただいただろうか…
筆者がいかになんにも分かってないかが分かる(ややこしい)
そう、筆者はこの関東予選で準優勝に輝く。
もうツッコミどころ沢山だよね。読者の皆様の混乱がありありとイメージできる。しかし我慢してくれ。
これは、夢でも空想でもなく現実に起きた事実なのである。
混戦に混戦を重ねた関東予選。
ポイントランキングもぐちゃぐちゃになっていた。
また、関東予選の1回目2回目の大会で良い成績を収め、高ポイントを持っている選手が別の地域の予選でも活躍していて、一足先にそちらで通過する。というような現象もかなり起きた。(これは現在でもよくあるコト)
この場合、繰り上げとなるのだ。
この日の関東予選はクライマックスかつ、全ての全国予選の中でも最終予選だった。筆者はこの繰り上げルールのおかげで、まさかの両国国技館行きを決める。
この日から、筆者のダンス人生がとんでもない方向に転がり始める。
Part 2へ続く。
最後までご覧いただきありがとうございます💃
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